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タパヌリ熱

"What do you know, pray, of Tapanuli fever?" said Sherlock Holmes. 音楽や本など、嘘や発見を書くブログ。旧ブログ http://ameblo.jp/baritsu/

占い、予言、予知

物理的に未来から過去へ伝わる情報はないから、科学的な意味では、未来の予知というのはありえない。

 

「過去/現在のことを言い当てる」ということならば、一見神秘的に見えても、実は大したことではありません。過去もしくは現在の情報は、知り得ることだからです。

知り得ることを知っているからといって、そこには何の不思議なものもありません。

 

「あなたの家に最近不幸がありましたね?」とかいう、よくある占いは、要するに(1)既に情報を調べて知っている、(2)適当にカマをかけてから、相手の表情を伺う、などの方法で、簡単に情報を得ることができるわけです。

 

(2)の場合は、「待ってください、何かのビジョンが見えてきました...むむ、あなたの家になんらかの不幸があったような...いやあるいは、あなたに近しい誰かの...」みたいな曖昧きわまりないことをゴニョゴニョいって、相手が「そうです! 私の隣の家に昔住んでた人の妹の旦那の祖母のいとこの甥の曾祖父が病気で...」(これじゃ落語だ)みたいに食いついてきたら、OKです。何がOKなのか、よくわかりませんが。

 

だいたい占いを受けにくる人は、なんらかの問題があるから来てるわけで、ちょろい訳です。もし不幸にして何の不幸の原因も見つからなければ、無理矢理にでも、不幸を作り出せばいい。「あなたの頭上に死兆星が...」とかおどかして、なんらかのミスティックなパワーを帯びた壺だか印鑑だかピラミッドだかを売りつければいいわけです。

 

それで、未来の「予知」ですが、たとえ百歩ゆずって、それが「本当の予知」であったとしても、その未来が「現在」か「過去」にならなければ、当たってるのかどうか、誰にも判断しようがありません

 

つまり実は「未来の予知」というのは、常に、「現在もしくは過去のことについての言説」だといえるわけです。

未来が現在/過去になった時点で、既に語られていることばが、はじめて解釈されることになります。

前述のように、現在・過去のことは「知り得ること」にすぎませんし、「ことばの解釈」はどうとでもできます。それは占いを受けに来た人の顔色を見て占いの内容を決めるのと同じ、簡単なことです。だいたい、仮にズバリ的中したとしても、偶然当たったのか、必然的に当たったのか、決定することはできません。

 

この占い師はかつて100回予言を的中させた、とかいっても、今回101回目が的中するかどうかには、関係ないでしょう。その予言の的中に一貫したメカニズムが指摘できるのならば、話は別です。でも、そうしたメカニズムがあるのであれば、それはもはや占いとは言えないでしょう。