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タパヌリ熱

"What do you know, pray, of Tapanuli fever?" said Sherlock Holmes. 音楽や本など、嘘や発見を書くブログ。旧ブログ http://ameblo.jp/baritsu/

荘子と腰痛と漢文を読むこと

10月、漢詩文にはまる。白文がすらすら読めるようになろう、とあさはかな夢を見たのである。なぜそれがあさはかなのかは、後で書く。

大量の漢籍と字書を仕事道具と一緒に鞄につめて通勤していた。字書は山本書店支那文を読むための漢字字典』、世にいうシナカン、素晴らしき一冊

わからない字はすぐにこれで引く。すると、釈文が、わからない。昭和15年初版のまま、漢文訓読調で、字も語彙も難しい。だから釈文のわからない字をまたシナカンで引く。それを繰り替えすと、いろいろな字がわかってくる。文庫になってるような漢詩文の単語は、大抵載っているようだ。

 

そうこうしているとある朝、腰がカクっとなり、それで歩けなくなった。二、三歩すると、背中から下半身が鉄の板になったようで痛いし動かなくなるから、数歩ずつ仕事に行き、数歩ずつ仕事から帰ってくる。2週間が過ぎ、このまま死ぬまで腰が立たなかったらどうしようかと思っていたら、立った

 

私の腰が抜けたのは鞄の中の荘子のせいである。しかし、荘子において「腰が抜けた」ことなどは、「生命の本質である変化の見事なあらわれ」として、大層喜ぶのである。人の気もしらないで、勝手な奴である。

 

荘子の文庫・新書はいろいろあるが、持っているのはちくま文庫福永光司・興膳宏訳、池田知久訳の講談社学術文庫金谷治訳の岩波文庫。森三樹三郎訳の中公クラシックスはもってない。

 

岩波・ちくま文庫には訳にギモンがあるところがある。たとえば、福永・興膳訳の逍遙遊篇『名は実の添え物だ』という訳は、続くミソサザイ/モグラの比喩とつながらず、荒っぽい。

この比喩は、大きなもの(森・河)を自分の分に応じて借りる謂なのだから、「賓」(お客)は「添え物」ではなく、「仮寓している」意味に訳すべきだ。

 

しかしながら、取り回しの良さ、普段寝転がって読むには、岩波、ちくま文庫が読みやすい。池田訳は、それこそ腰痛を誘発しかねない造本を誇る。

 

訳注が理解しやすかったのは池田訳だった。斎物論の「其発若機栝」以下が人間の一生をいっている、という解釈は、自然に読める。岩波・ちくま文庫では単に列挙として訳している。

何よりも訳や解釈の根拠として、大量の注釈が載っていることが重要。

 

冒頭に書いた、漢籍を独学で白文で読む、という野望がなぜ浅はかか、という話。

漢文のシンタックスや、助字などの基本語彙を覚えるのは確かに有効だった。おぼろげに白文を読み下せるようになった。

ちなみに漢文の基本を学ぶために使ったのは岩波全書『漢文入門』(小川環樹、西田太一郎)。漢文の基本的な構造を知るためには、これが一番良かった。

 

しかし、漢文は古代中国の文章語・古典語で、なるべく無駄を切り詰めた文体で書かれてる。曖昧・多義的なところも当然でてくる。

またこれは漢籍に限らないが、長い時間の中で、本文に幾つかのヴァリアントができたり、書写ミスにより本文が乱れたり、また再編集されたりしてる。

それから、漢詩文は古い時代の中国語なので、当然ボキャブラリーが古い。また字の意味が後の時代と違ってたりする。

学者は、語の当時の意味を調べるのに、『説文』とか『爾雅』とかいう古代の字書・辞書やその注釈の本を調べたり、他の古代の文献に同じ字の用法がないか探したりする。また、『荘子』なら『荘子』についてのこうした研究を、古から現代にいたる学者が注釈したものを調べたり…

 

さらに漢字特有の「仮借」。ある字Aを使うかわりに、その字と同じ発音の、意味的に全く関係ない字Bを使ってしまう。荘子の逍遙遊篇だと『野馬』(かげろう)などが仮借で、馬とは何の関係もない。

仮借の場合、書いてある字BをAではなくBの意味のまま訳してしまうと、変なことになる。そして古来、錚々たる学者にしてこの間違いを完全には避け得なかったようなのだ。訓詁学講義―中国古語の読み方 (中国古典文献学・基礎篇)』(洪誠著, 森賀一恵・橋本 秀美訳,アルヒーフ,2004)という本に、なんかそう書いてあった。

 

つまりは、一流の学者たちの訳文・注釈でも、誤読、ゆらぎ、決定不可能なことが出て来るのも当たり前なのだ。況んやアマチュアをや。

ちょっと文法を覚えて辞書を買ってきても、それだけで漢籍の「完全に正しい訳」はできない、ということだ。

ある本について意味を即断するのではなく、いろいろな読み下しや訳、注釈を読んで、一説に曰く、また曰く…と、そのまま比較対象にしておくのがいい。シュレディンガーの猫だとか、確率の雲のような状態にしておく、というか。

文庫版で重要なのは現代語訳より注釈なのだ。

 

ほら吹きの荘子が、実在は変化のうちにある仮のものである、というのに従えば、本というのも一つの「答え」が書かれた実体ではなく、読まれつつあるものであり、読みの過程において生成し変化するものだからだ。

 

 

荘子 第1冊 内篇 (岩波文庫 青 206-1)

荘子 第1冊 内篇 (岩波文庫 青 206-1)

 

 

 

荘子 上 全訳注 (講談社学術文庫)

荘子 上 全訳注 (講談社学術文庫)

 

 

 

荘子 内篇 (ちくま学芸文庫)

荘子 内篇 (ちくま学芸文庫)

 

 

 

漢文入門 (岩波全書 233)

漢文入門 (岩波全書 233)

 

 

 

支那文を読む為の漢字典

支那文を読む為の漢字典

 

 

 

訓詁学講義―中国古語の読み方 (中国古典文献学・基礎篇)

訓詁学講義―中国古語の読み方 (中国古典文献学・基礎篇)