タパヌリ熱

"What do you know, pray, of Tapanuli fever?" said Sherlock Holmes. 音楽や本など、嘘や発見を書くブログ。旧ブログ http://ameblo.jp/baritsu/

少女千草眩暈きざす藥種店うすくらがりに百のひきだし/塚本邦雄

しょうじょちぐさ/げんうんきざす/やくしゅてん/うすくらがりに/ひゃくのひきだし

塚本邦雄

 

塚本邦雄の歌には、あまり謎とか多義性といったものがない、と思う。

塚本の第一技法は名詞の衝突にあり、だから使われている名詞さえ正しく理解すれば、それが殆ど歌の「正しい理解」につながる感じがある。

 

塚本邦雄は幼少期の愛読書が辞書だったという(『我が父塚本邦雄塚本青史,白水社,2014より)。東西の文学、美術、音楽、映画、サントニン黄視症からクッキング・パパに至るまでの、途方もない名詞の消尽は、常人の思いつきで真似られるものではないのだろう。読むにも一苦労である。

 

歌意は、薬屋の薄暗がりで「百の引き出し」を見て、少女「千草」が目まいを起こす、というだけのもの。訳す必要ないけど。

 

薬種店は、漢方薬屋。

「百のひきだし」は、百味箪笥とか薬箪笥とかいうもののこと。漢方薬屋で薬を入れておく箪笥。検索して画像を見るのが早い。びっしり、小さな引き出しが付いています。それを見て「眩暈きざす」というわけです。

短歌における眩暈といえば、葛原妙子の本領といえるけれど、塚本の眩暈には、葛原妙子の歌を読んで感じるような生理的な眩暈感は感じられない。

 

千草は少女の名前でもあると同時に色名でもあり、緑がかった薄青。

奉公人のお仕着せに使われた染め色ということで、千草は薬屋に奉公した少女ということになる。

千草色はまた「千種色」とも書かれるので、「薬種」とも響き合うし、もちろん「百の引きだし」、百種の薬種、とも照応する。

 

歌意は単純なんだけれど、緻密な言葉遊びで組み立てられた歌。