最終ソロ作"Circus Money"が傑作すぎた、故ウォルター・ベッカーの追悼を兼ね、
スティーリー・ダン Steely Danの歌詞の意味とか断片的な和訳とか解釈とかその他の寝言のようなことを、書く。再結成前のみ。
世間では最高に洗練された大人のための高級BGM = AOR/フュージョン、だと思われてるスティーリー・ダンですが、歌詞は非常に毒毒しい。(音楽も結構ヘン)
よくあるのが、語り手のモノローグがだんだんヘンな内容になっていく、というパターン。
・Dirty Work
自分を欲求不満のはけ口にする年上のリッチな女性(You have sent the maid home ealry)に対し、若い男が「もうあんたの汚れ仕事はしたくない」などと語る、衝撃のバラード。英語の"dirty"、いろんな意味がある。解釈によっては、割とエグい。
パーマーのやさしい歌声と言ってる内容の整合性がめちゃくちゃで、ほとんどシュルレアリスムの世界。ザ・バンドの影響を感じさせる、きれいな曲なのに…
・Rikki Don't Lose that Number
さわやかなラブソングだと思ってもいいのだが、リゾート地で若い娘さんを口説こうとするおっさんのセリフ、っぽい。「私の電話番号をなくさないでくれ!」
"Send it off in a letter to yourself"
「なくさないように、自分宛ての手紙にメモして、投函してくれ!」
などというフレーズがバカっぽい。
「君は自分の本当の気持ちに気付いていない!」
これ、リアルに考えると、そうとうウザいフレーズですよ…
・Bad Sneakers
ダンの二人のNYへのホームシックをパラノイア的に誇張して歌ってる。
Yes, I am going insane/ laughing at the frozen rain
well, I'm so alone/ Honey, when they gonna set me home
そう俺は狂っていく 凍てつく雨に打たれて笑い転げる
孤独なんだ 奴らは何時俺を家に帰してくれるんだろう?
マイケル・マクドナルドのソウルフルな"おれは~くるっていくぅ~"が、ヘン。
"Show Biz Kids"の"They gonna lost wages"とか、"Kid Charlemagne"の"Is there gas to the car?"、"Black Cow"の"So outrageous"とか、ヘンな歌詞をソウルフルに歌うパターン。
・Dr Wu
Dr Wuは「ドクター・ノオ」や「フー・マンチュー」を合成した怪人のイメージ。
またR&BにはDr.Ross、Dr.Johnみたいな芸名の人がいる。「医者」とは、グルーヴに感染させる人なのだが、それは癒やしなんだ、という。
またそれからR&B/ロック的には「ドクター」はドラッグの隠喩でもある。
ビートルズの"Dr. Robert"とか。Dr.Feelgoodとか。
「ドクター」において、グルーヴ=ドラッグ=ヤバい癒やし、という等式が成り立つ。
またWuは中国系の姓で「呉」かも知れず、すると九州大学のドグラ・マグラな博士を思わせる。なんか大山甲日みたいな文体になってるが…
ついでにDr WuはDRUGのアナグラムでもある。
この歌詞は語り手の男と恋人のケイティ、および二人が奪い合うドラッグの三角関係を語っている。冒頭のKaty triedはケイティのドラッグの使用を意味し、それはつまり語り手の男のドラッグをくすねた、ということ。
「Don't seem right/ I've been wating for the taste you said you'd bring too me」
何かがおかしい/俺はお前が持ってくるはずのブツを待ち続けていた
・Don't Take Me Alive
銃を持って立てこもった男のモノローグ。
Agents of the law / Luckless pedestrian
法の執行者/不運な通行人
という映画的な出だし、「luckless 不運な」が誰視点かわからないところも上手い。
『サーカス・マネー』を聞くと、ここらへんベッカーの仕事かとも思う。
I'm a bookkeeper's son
俺は簿記係の息子
テンパった男が、誰も聞いていない父親の職業を叫ぶ。バカバカしくも悲しい。
リアルな歌詞ですよね。
コーダにおけるフェイゲンの消え入るような歌声に注目。「俺を生きたまま捕らえないでくれ…」って。
ダンの歌詞は基本シニカルなんだけど、こういう人生の敗者みたいな存在への共感、みたいなのは、ダンの歌詞によくでてくる。ダンの二人はけっこう負け犬目線で。
高級なサウンドと裏腹に、歌詞はけっこうパンキッシュなんだよ。
Yes I crossed my old man back in Oregon
そう、オレゴンの実家で親父をころころしただ
crossは逆らう、バツ印を付ける(=殺す)、old manは父親。
2つ目のヴァースでは
俺は自分の中に聞く/異世界のマシーンの駆動音を
そこで太陽は輝かず/警告灯の明滅もなく
この暗闇の中で/自分の成したことを悟る/突然、自分が何者かを知る
と、とつぜん訳のわからない世界に行ってしまうが、
ここらへん、Any World (that I'm welcome to)の歌詞とも似てる。
ちなみにAny Worldは「どんな世界でもこの世界よりはマシだ」とゴスペル風に歌う曲。
・Green Earrings
クールなジャズファンクに乗せて
寒い/腹減った/見つけたものは俺のもの/緑のイアリング/覚えてる/
珍しい指輪/覚えてる/お前の目付き/気にしない
などと歌われる、斬新すぎる曲。
・Everything You Did
Turn up the Eagles the neighbours are listening
近所に聞こえないようにイーグルスのボリュームを上げろ
セルジュ・ゲンスブールの"sex shop"という曲と似たような歌詞だが、
しかしこの一節はヒドい。歌詞は間男を発見した男が女に、「お前がやったことを全部俺に話せ!」→「お前がやったことを全部、俺にやってくれていいんだぜ…」
という、すっごく、くだらない内容。
・FM
No Static at all / FM
雑音ゼロ/FM
グレープフルーツ・ワインを切らすなよ! ハイヒール・スニーカーを蹴っとばせ!
パーティーだ! 今夜、女の子たちは、ラジオ番組の選曲を全然気にしてません!
なんかそれっぽい音楽が、朝まで途切れなければ…
殺菌済みの音楽満載のラジオ局を罵倒しつづける曲。AMラジオのためにボーカルを編集して"AM"と歌ってるバージョンも作られたとか。ヒドいね。
珍しくストリングスが使われているが、ドナルド・フェイゲンによればスティーリー・ダンにおける甘いストリングの使用は皮肉な意図を表すらしい。フランク・ザッパ"Grand Wazoo"のジャケと同じで、ブラスはR&B/Jazzの象徴であり、ストリングは白人ポップスの象徴だというわけだ。
・Peg
映画デビューした女性にかつて振られた男の独白。
ミニマルな歌詞が単語のダブル・ミーニングでヘンな意味になっていく仕掛け。
つまり、1連目の"picture"は一般公開された「映画」で、語り手は女性の女優デビューを熱烈に賞賛している様子。
しかし2連目で"picture"は"keep it with your letter"と韻を踏みパーソナルな「写真」に変わる。「お前の写真と手紙を持ってる」はもちろん脅迫の常套句だ。
語り手はブラックメイラーなのだ。
だから"smile for a camera"のカメラとは映画のカメラであり、おそらくは男との親密な情景を記録した写真カメラでもあり、またパパラッチのカメラでもあることになる。
「ブルー・フィルム」はポルノグラフィーのことだし、「シャッターが閉じる」も二重の意味。
・Gaucho
ラテンアメリカのどこかに赴任したアメリカ人の男とその恋人である男、そして謎の「ガウチョ」の三角関係。「ガウチョ」ということばは、単なる「牧童」ではない。北米のカウボーイと野武士を合わせたようなイメージか。一つのラテン・アメリカ的な精神性の象徴/ステレオタイプなイメージ、として使われている。
custerdomeはファンの間では架空の超高層ビルと解釈されているが、
この名前はリトルビッグホーンの戦い(1876)でインディアンを掃討しようとして敗北したカスター将軍 George Armstrong Custer(1839-1876)からの連想かも…と思った。
君を特別な友人だと理解している/だが君はわかっていないようだ
君は知っておくべきだと思うが/我々にはヘビー・ローラー(意味不明)がある
語り手の恋人に対する口調が高圧的なところ(I think you should know~)に注目。
二人の関係は対等なものではない。
カスター将軍たちのインディアン迫害は、歌詞とは直接の関係はない。
しかしそびえたつ「カスタードーム」や、ヘビー・ローラー(意味不明)は、傲慢さの象徴で、つまるところ合衆国のラテン・アメリカに対する姿勢が、三人の男の関係としてカリカチュアされている。見下しながら、骨の髄まで魅了されてる、という…
つまるところ/我々は持ちつ持たれつだろう
いや、彼は床で寝てはダメだ/私がなんで怒鳴ってるのか、わからないのか?
フリーウェイのそばに捨ててくる/奴は宿なしか?
語り手の男の恋人は、野生的なパワーをみなぎらせたガウチョの下に走ろうとしており、語り手のリッチな男は「カスタードームに相応しくない」ガウチョを嫌悪するポーズを取りながらも、同時にこう尋ねずにはいられない。
いや車で誰が待ってるか教えてくれなくていい/
自分を見てみろ/リオから来た男とお手々つないで
だが、もしよろしかったら、教えてくれないか…
アミーゴ、あのガウチョは誰なんだ…
突然歌詞の内容と関係ない単語を出すパターンもある。
・Your Gold Teeth
Even Cathy Berberian knows there's one roulade she can't sing
キャシー・バーバリアンすら、歌えない装飾音符があることを知っている
ダンの二人は、ロックファンや評論家がキャシー・バーバリアンを知らないことを期待して、ニヤニヤしていたのだろう。
・Rose Darling
曲調からは可愛らしいラブソングに見えるが、嫁が寝ている間に、お手伝いさんと夢の国に旅立とうとするおっさんのモノローグである。
そしてそこはディ○ニーランドではない。
The spore is on the wind tonight
今夜、胞子が宙を舞う
"Snake Mary"はなんの脈絡もなく、デューク・エリントンの曲名の引用。
・Aja
一見、異国への憧憬をシンプルに歌った歌詞に見える。
Chinese music under banyan tree
バンヤンの木の下では中国の音楽が…
中国とインドがごちゃ交ぜだが、ダンの二人がそんなアホな歌詞を書くわけない。
"Chinese Music" とは40年代のビバップへの蔑称(訳のわからない音楽)であり、実はジャズへの憧憬をオーバーラップさせたフレーズ。だからウェイン・ショーターのソロの予告にもなっている。
最後に毛色の変わったところで、
・Any Major Dude will tell you
泣いている友だちを励ます、あるいは自分自身に語りかけている歌詞なのは、間違いない。しかし言ってるのは
世界の一部が壊れたって大丈夫!/メジャーな奴らなら適当にそう言うね
ドアをノックする悪魔も/朝日とともに消え去る/メジャー系の奴らはそう言うね
サビでは
どこに行け、何をしろ、とか言ってあげることもできるよ
逃げ隠れしてもいい/でも自分の心からは逃れられないから
そりゃ正論ですが、これで励まされるかは微妙。